一宮が「いちみや」なのか「いちのみや」なのかさえ知らなかった筆者が、  何の因果で「只管巡礼(しかんじゅんれい)全国一宮探訪録」なとどという大仰な名を冠した連載を請け負うことになったのか。いささか曲折がある。

  「一宮」は「いちのみや」と読む。では「一宮とは何か」と問われると答えに窮する。一宮の定義、 一宮制度の成立時期、一宮という呼称の登場時期等々基本的な事柄でさえ諸説入り乱れ定まるところを知らぬからだ。

 そこで先学には失敬するが、日本が令制六十八の国々に分かれていたころ、それぞれの国で古くから民の崇敬を集め、霊験あらたかな社として最も社格の高い神社が一宮とされてきたのだと大雑把に定義しておこう。

 
   筆者の郷里栃木県の旧国名は下野(しもつけ)であり、下野国に一宮は二つあるとされてきた。日光の二荒山神社と宇都宮の二荒山神社である。両社同じ綴りだが読みも由来も異なる。

 筆者はじめ宇都宮に生まれ育った「宮っ子」にとっての一宮がどちらかはいうまでもない。初詣、祭りや願掛けなど折々の歳時に欠かせぬ場所として「ふたあらさん」と呼び親しんできた。

   事の起こりは平成12年、ふたあらさん参道脇の地元百貨店倒産だった。跡地の利用計画として、周辺地域も含めた大規模再開発が発案される。再開発組合は、宇都宮市の懇願により百貨店跡地を買い上げた大林組を筆頭に、地元銀行の足利銀行と栃木銀行、さらに地元企業2社を加えた合計5社で構成される。敷地は企業の店舗及び所有地で占められており、一般住宅は皆無である。


    元々住宅の無い土地の再開発であるから、マンションではなく商業ビルで進めることもできた。当初の構想でも、二荒山の景観などに配慮した10階程度のビルが想定されていた。しかし、事業地が県内で最も地価の高い一等地付近にあることから、眺望など付加価値をアピールすれば、低迷の続く分譲マンションでも捌けると算段した再開発組合は、事業地の容積率の限界まで利用した分譲マンション計画を最終案とした。1・2階に地権者店舗、その上層に分譲マンショを配する24階建の超高層マンションビルの総事業費は77億円、その内39億円を補助金が占める。
                               
    マンションビルは,二荒山の目と鼻の先、しかも南側に位置し、幅40メートル、高さ80メートルに達する。それに対し二荒山は社殿のある場所が20メートルほどの高さである。祭神のおわす聖地より60メートル以上もの上空まで巨大なコンクリートの塊がそびえることになる。

    二荒の神々と下野の民が千年に渡り仰ぎ見てきた境内の空は無惨にも削りとられ、境内はビル影に覆い隠される運命にある。日照の大幅な減少は、鎮守の森にも悪影響を与えるだろう。

    神々に守護される立場にある人間が、神々よりも一段高いところに住まい,その姿を見下ろしながら生活するという珍妙な光景を生むこの再開発は、地元住民の強い反発を受けることが大いに予想された。

               

マンション完成予想図(再開発組合作成) マンション完成予想図(再開発組合作成)
二荒山神社の目の前で建設工事が進む超高層マンションは,神社のほぼ南側に隣接する。天空は削り取られ,日照も大幅に減少する。鎮守の森の生育にも悪影響が及ぶ可能性が高い。 二荒山神社の目の前で建設工事が進む超高層マンションは,神社のほぼ南側に隣接する。天空は削り取られ,日照も大幅に減少する。鎮守の森の生育にも悪影響が及ぶ可能性が高い。

   ところが、意外なほど地元の反応は鈍かった。二荒山周辺に土地建物を持つ人の多くは、なぜかこの問題に口を閉ざした。街がよくなるなら構わない、早く造れとまで言い放つ氏子もいた。二荒山の近くで食堂を営むある店主は、「景観で飯が食えるかよ。反対運動でもしマンション建設が失敗したらどう責任とってくれるんだ。」と、筆者に向かって吐き捨てるように言った。

 
  ご多分に漏れず行政による住民への周知不足もあったが、それを差し引いてもこの問題に対する地元住民、とりわけ二荒山近隣で商いをする人々の反応がおとなしすぎるように感じられた。

 この状況に意を強くしたのか、許認可権を持つ知事や市長、大部分の地元議員も建設推進の論陣を張った。役場の担当者達も「合法」、「地域活性化」等々お馴染みの役所言葉を並べ立てた。実態は民間のマンション計画にすぎない本事業に巨額の税金を投じる意味や二荒山への影響など、本事業の負の面が彼らの口から語られることはついになかった。

    計画が公開されてから現在に至るまで、ひたすら事業の正当性のみを訴えるその歪んだ姿は、筆者に「政治の無力」を痛感させるのに十分だった。

 

  鎮守の森への畏敬を訴える声はもちろんあった。二荒山の宮司と地元の有志が集まり反対運動が立ち上げられ、筆者も事務方として参加した。計画の差し止めを求める裁判も提起された(この裁判は平成20年11月に敗訴となった)。

    しかし、再開発組合や行政が反対論に耳を貸すことは一切なく、結局、物言わぬ大衆を動かすまでの運動には至らなかったのである。

  市・県・国と再開発の認可が下り、基礎工事は着々と進んだ。分譲開始が始まると、「宇都宮最高層。ホテル仕様」などという宣伝文句とともに分譲が始まると、上層階を中心に順調に売れていった。

 

 

竣工後のマンションは住友不動産が再開発組合から一括して買い上げ、分譲する。 竣工後のマンションは住友不動産が再開発組合から一括して買い上げ、分譲する。
二荒山神社は,宇都宮の総氏神であり,街の名前の由来ともなった真のランドマークである。その二荒山を隠すように見下ろすこのマンションをして「此処が真のランドマークとなる。」と宣伝する住友不動産のHP。地元住民にとっては正に侮辱というほかない。 二荒山神社は,宇都宮の総氏神であり,街の名前の由来ともなった真のランドマークである。その二荒山を隠すように見下ろすこのマンションをして「此処が真のランドマークとなる。」と宣伝する住友不動産のHP。地元住民にとっては正に侮辱というほかない。

 

 なにも慌てふためくことではなく、多様化した価値観の現れであると考えられなくもない。しかしたまさか宇都宮に起きた例外ではなく全国的光景であるとなると話が違う。古くから日本人の篤い崇敬を集めていることが一宮たる理由であるという定義は、現代に至り足元から揺らぐことになる。

 耳にすることは減ったが「お天道様が見ている」と日本人はよく言ったものだ。鎮守の森の概念がそうであるように、見えるものの背後に潜む見えないものへの畏れをして己を律するよすがとしたのは、日本人が継いでいくべき精神のひとつである。

 

                                       

「お天道様の精神はまだ日本人の心に息づいているはずだ。ふらさんの一件がレアケースであることを自分の目で確かめてみい・・・。」

                           

    短絡な動機だが,筆者はこうして全国一宮探訪の意を固めた。 これが、旅の理由である。

   

    最後に標題の「只管巡礼」について。察しのとおり道元禅師の教えである只管打坐(しかんたざ)から一部拝借した筆者の造語である。只管打坐とは、一切の余念なくひたすらに座禅に打ち込めという意味である。

   こちらは目的からして余念まみれだが、日本を知る道程への覚悟と楽しみをこの標題に託して、長き巡礼の旅へと歩を進めようと思う。

 

 

 

 

 

本文は季刊誌ジャパニスト第2号(09年7月25日発売)に掲載した筆者原稿を一部修正したものです。